2007年10月15日

★詩学社の援助について

 私が毎月投稿している雑誌、「詩学」が危機のようです。
 去年あたりから店頭に並んでおらず、また発売しない月もあるため心配していました。
 今、詩を書く人は多く、ネット上に詩は溢れかえっています。しかし当事者の私が言うのもなんですが、それはただの垂れ流しです。いいものもだめなものも、等質のスペースを確保してしまいます。
 詩が芸術として輝くためには、吟味された末に上質の詩が提供される、雑誌という媒体が必要なのです。
 詩学社を救うすべは、僕ははっきりとはわかりません。厳しい言い方をすれば、当事者の営業努力の結果です。けれども大切なものを失うとというときに、製作者を批判するのは建設的ではありません。
 バックナンバーは多く残っているようです。資本はあるのです。

 どれだけの人がこのページを見ているのかもわかりません。けれども私はできることを、自分の言葉で伝えていきたいと思います。芸術を支援するには、今のところお金を出すしかありません。
 詩学社のバックナンバーは、こちらです。

 この対処療法が利くかはわかりません。しかしもし詩学が復活できたならば、今度は私たち読者も含めてその存続について真剣に取り組んでいかねばならないでしょう。
 私が自分に言い聞かせている言葉があります。
「詩人は、詩人のために詩を書いてはいけない」
 詩を、どこまで伝えられるか。それが、問われていると思います。

猫
posted by rakuha at 22:38| Comment(2) | TrackBack(2) | ★雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やはり営業努力かな 
編集が嗜好的でした

Posted by sandou at 2007年10月20日 15:10
ブログのトラックバックというシステムを全く理解していなくて恐縮です。「書き捨て」とご理解頂ければ幸いです。

詩学にまつわる主要の出来事は、私の中では、たぶん死ぬまで終わらない出来事となりました。

「後になってからでは何も出来ないから、
これからはそのことを忘れず生きる」、

この極めて個人的の事実は2040年ごろになってもきっと同じか今以上の重さでしょう。

絶たれたものへの全ての少しでも非建設的ニュアンスのあるコメントをみるたび、
そんな襞を晒して恥とも思わない、昔から未来まで数多く存在しては決して消えない、大量のステレオタイプの無責任に、切なくなります。
各々の事象が鏡みたく、くっきりと私自身を映しこんで、黙ってこちらをみつめるからです。

私はだから、目や耳に痛いものにはしっかりと目や耳をふさぎ、いぎたなくとも、生き汚くとも、少しでも活きて活かされてゆこうと思います。

このコメントがもしも人に痛い様でしたら、謹んでお詫び申し上げます。
Posted by とおりすがり at 2009年04月03日 13:02
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